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寄席に行きました

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【寄席(よせ)】落語・講談・浪曲・義太夫・手品・音曲などの大衆芸能を興行する娯楽場(スーパー大辞林)

先日、上野にある鈴本演芸場へ行った。寄席は初めてで、3時間も座って楽しめるのか不安だったけれど、全くの杞憂でとても興味深いものだった。

出し物には、落語や漫才、神楽、奇術、紙切り。どの演目も客の心をつかむ工夫がされていておもしろかったが、最も心をひかれたのは落語だった。聞き始めると、あっという間にお話の世界へ。話と仕草、少しの道具(扇子と手拭い)だけでその世界を作り上げる噺家の力量に参った。

鈴本演芸場は江戸時代末期に開設された講釈場を元とするそうで、東京に残る中では最も古い寄席。東京でというより日本で、なのかな。

訪れたのは連休の初日。ゴールデンウィークの特別興行が始まる前の通常興行(夜の部)だった。

寄席は暇なときにふらりと行くものというイメージがあったので、あんみつでも食べてから行くかと演芸場の前を通り過ぎようとすると、長蛇の列が。もしかして満席?と焦って並んだが、それは前方の席を取りたい人の列で、後方は十分空いていた。

寄席のもうひとつのイメージとして、お弁当をつつきながらわはわは笑う、というのがあったのだが、静かに聞く人が多く、食べながら見る雰囲気ではなかった。その日に出演したある落語家がマクラ(本題に入る前の小話)で、浅草演芸ホールは観光客が多く「わさわさ」した雰囲気だと話していたので、お弁当を食べるのならそっちなのかな。

派閥というのはどの業界にも存在するようで、落語会にも流派を異にする団体がいくつかあるそうだ。鈴本演芸場に出演できるのは落語協会に属する噺家だけで、落語芸術協会などに属する人は出演できないのだとか。鈴本が近くて行きやすいが、他の寄席で聞き比べをしてもおもしろそうである。

演目に沿った覚え書き

開口一番:三遊亭ふう丈(さんゆうてい ふうじょう)「桃太郎」

こましゃくれた子どもが親に桃太郎を解釈するという落語。うんちくも過ぎると飽きるなあと思ったお話。もったいないことだが。三遊亭ふう丈さんは前座だったが、最近二つ目に昇進されたそう。

落語:三遊亭歌扇(さんゆうてい かせん)「子ほめ」

この方の出囃子はウィリアムテル序曲。三味線などで演奏されるとなんともゆるくて、ずっこけ行進曲である。二つ目。「子ほめ」は、ただで酒を飲みたいそそかしい男がお世辞を習うお話。原話は寛永の頃のものだとか。コミュニケーション能力はいつの時代も必要。

太神楽(だいかぐら)曲芸:翁家社中(おきなや しゃちゅう)

傘の上で鞠や桝を回すあれ。小刀の投げ物もあった。太神楽は神社での式楽から生じたものだそう。翁家社中のメンバーは翁家小楽(こらく)、翁家和助(わすけ)、翁家小花(こはな)で、この日は小楽さんと和助さんが出ていた。コメディな空気を作ろうとしていたが、弟子が師匠をいじるのは難しい。

落語:古今亭菊志ん(ここんてい きくしん)「初音の鼓(はつねのつづみ)」

道具屋が側用人と画策し、骨董好きのお殿様に偽物の「初音の鼓」を売りつけようとする。初音の鼓は、文楽や歌舞伎の「義経千本桜」などに登場する由緒ある物なのだそう。うつけのお殿様かと思いきや、落ちのおもしろいお話だった。ポンと打ったらコン!菊志んさんは古コン亭なので、このお話はやはり得意なのだろうか。テンポのよい話し方がよく合っていた。

落語:桂南喬(かつら なんきょう)「壺算(つぼざん)」

壺屋から二荷入りの水がめを一荷入りの金額でせしめるお話。壺屋のご主人は計算が苦手でお商売は大丈夫なのか。桂南喬さんの話し口は江戸っ子という感じで、下町の風景が浮かんできた。

漫才:ホームラン

勘太郎とたにしの二人組。勘太郎さん、声でか!歌うま!たにしさん、踊りうま!たにしさんは、口の中が切れるほどの熱演だった。

落語:桃月庵白酒(とうげつあん はくしゅ)「新版三十石」

浪花節の名人が来たってので聞きに行くと、やたらと田舎訛りが強い上に集中力の全くない浪曲師だったというお話。元は古今亭志ん生(ここんてい しんしょう)の「夕立勘五郎」。白酒さんの師匠である五街道雲助(ごかいどう くもすけ)さんが、浪曲師の話す「夕立勘五郎」を「石松三十石船」に変えたものだとか。

訛りがひどくて「石松三十石船」は聞き取れなかったが、内容を知る人はわかったのかな。しかし、その部分がわからなくてもおもしろい話だった。入れ歯が飛び出したり。途中で孫からかかってきた携帯電話のバイブレーションとか。爆笑。あと、見た目を言うのもなんだが、白酒さんのお顔がおまんじゅうみたいで印象的だった。

落語:蜃気楼龍玉(しんきろう りゅうごく)「鹿政談(しかせいだん)」

蜃気楼龍玉さんの師匠は、先の白酒さんと同じ五街道雲助さんだそう。鹿を殺めると死罪になるご時世。奈良の豆腐屋の老主人は、おからを食べる犬を間違って殺してしまうが、それは鹿だった。慈悲深い根岸肥前守は機転を利かした裁きを行うのだが、というお話。静かで渋い語り口が時代劇を見ているようだった。

お仲入り(休憩)

奇術:伊藤夢葉(いとう むよう)

手品をほとんどしない手品師なのに、やけにおもしろい。よくしゃべる。もしかすると毎回同じことを話しているのかもしれないが、おもしろい。

落語:古今亭志ん陽(ここんてい しんよう)「粗忽長屋」

この日いちばん興味を持ったお話。八五郎は浅草で行き倒れを見かけるが、それは同じ長屋の熊五郎だった。八五郎は急いで長屋に戻り、当の熊五郎にお前死んでるよ!と話すのだが、ぼんやりした粗忽者の熊五郎。初めのうちはおれ生きてるよと言うのだが、思い込みの激しい粗忽者の八五郎に押されて、もしかしておれ死んでるのかも、と思い始める。

基本はふたりの粗忽者のお話だと思うのだが、行き倒れが本当に熊五郎だったら?と考えると、SF的というのか、自己認識の難しさを思ってしまう。また、粗忽者であるはずの八五郎が常識にとらわれない柔軟な思考の持ち主なのかな、とか。噺家によって解釈が変わりそうなお話で、聞き比べてみたい。

紙切り:林家楽一(はやしや らくいち)

客の注文に応じて即興で紙から情景を切り出す芸。これがまたすごい。お客さんから注文を受けると、たぶん頭の中で下書きを作り、技術的なことと擦り合わせて構図を決め、はさみでちょきちょきしているのではないかと思われる。切り始めたら、ちょっと気の利いたことも言う。紙切り芸人は、東京に4人か5人しかいないそう。この日は客席から声の上がった金太郎、鯉のぼり、象ときりんがバナナを食べているところ、を切り出していた。

落語:五街道雲助(ごかいどう くもすけ)「つづら」

大きな借金を抱えた夫と家族のために金持ちの質屋と通ずる妻のお話。しっとりとした話し口だったが、重すぎず軽すぎず。男女の悲哀を描いていた。